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名古屋高等裁判所金沢支部 平成3年(ラ)50号 決定

抗告人 藤井幸二

相手方 島田伸一

主文

一  本件抗告を棄却する。

二  抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

一  抗告人は、「原審判を取り消す。本件を金沢家庭裁判所輪島支部に差し戻す。」との裁判を求め、抗告の理由として、別紙抗告状のとおり述べた。

二  当裁判所の判断

1  抗告人は、本件は、家事審判法9条1項乙類10号の類推適用により審判事項に該当する旨主張する。

しかし、本件は、被相続人島田静六(静六)の遺産分割後、同人の遺言により認知を受けた抗告人が、民法910条により静六の相続人である相手方に対し遺産相続分相当の価額請求をした事案であるところ、家事審判法9条1項乙類10号に規定されている民法907条2項及び3項の規定による遺産の分割に関する処分とはいえない。また、家事審判法9条1項乙類10号は、その規定の形式、趣旨等からして、民法910条による分割請求の場合にまで類推適用するのは相当でない。さらに本件は、他の審判条項にも該当せず、結局訴訟事件とみるのが相当であるから、本件審判申立は不適法といわざるをえない。

したがって、抗告人の右主張は採用できない。

2  抗告人は、「抗告人は、昭和59年7月16日静六から認知を受け、平成元年4月11日本件審判申立をしたところ、家事調停に付され、平成3年10月14日不調になり、同年11月22日本件審判申立を却下する旨の審判を受けた。相続開始後の被認知者の価額請求権は、認知があったときから5年間で消滅時効にかかると解されているところ、抗告人は、右5年間の消滅時効期間内に本件審判申立をしたのに、家事調停に付され、同調停が長引いたため、不調になった時点では既に右消滅時効期間が経過してしまった。しかも、抗告人は、却下するとの原審判を受けたため、民法149条により時効中断の効力を受けることもできなくなった。したがって、原審判は、抗告人の訴権を一方的に奪う結果となるものであるから、憲法32条の何人も裁判を受ける権利を奪われないとの規定に違反するものである。」旨主張する。

一件記録によれば、抗告人は、昭和58年7月21日死亡した静六から遺言により認知を受け、昭和59年7月16日遺言執行者からその旨の届出がなされたこと、抗告人の代理人であった○○弁護士は、本件が訴訟事件か家事審判事件であるかにつき、裁判所にも相談のうえ、まず家庭裁判所へ家事審判の申立をし、後日訴訟事件であるということになれば、地方裁判所へ訴訟を提起する方針を立て、抗告人にもその旨報告し、平成元年4月11日、原審裁判所へ本件審判申立をしたところ、乙類審判事件として立件されたこと、本件審判は同月13日家事調停に付され、調停期日が開かれたが、平成3年10月14日不調となり、同年11月21日家事審判事項に当たらないとして本件審判申立を却下する旨の審判がなされたこと、抗告人は同月29日本件抗告をしたことが認められる。

すると、抗告人主張のとおり、抗告人は、認知を受けてから5年間の消滅時効期間内に本件家事審判の申立をしたが、却下するとの原審判を受け、当審も右原審判を是認するものであるから、同申立は民法149条による裁判上の請求としての時効中断の効力のないことは明らかであるが、同法153条の催告には該当するから、本件審判の係属中継続して時効中断の効力を有するというべきである(最高裁昭和38年10月30日判決・民集17巻9号1252頁参照)。したがって、抗告人が、本件抗告決定正本を受領後、6か月以内に民事訴訟を提起して、時効中断の効力を維持させる余地がある。

また、家事審判法26条2項によれば、家事調停事件において、不調になった場合、一定の場合を除き、当事者がその旨の通知を受けた日から2週間以内に訴を提起したときは、調停の申立の時にその訴の提起があったものとみなされることになっている。もっとも、乙類審判事件については、調停が成立しない場合、当然に審判に移行するから、もともと右26条2項の適用はないと考えられるが、しかし、本件のように乙類審判事件として立件されるべきでないのに原審裁判所の受付段階での見解によって同事件として立件され、付調停後、調停不調となった場合には、乙類審判事件であっても、調停が不調になった場合に調停申立をしたことによる出訴期間、時効中断等の点での不利益をさけるために設けられた同条2項を類推適用して、調停不調ないしその通知を受けた日から2週間以内に訴を提起したときは、本件審判申立の時に訴の提起があったものとみなすのが相当であり、さらに、審判で乙類審判事件でないとして却下されたような場合、右却下審判ないしその抗告審の決定の各正本を受領した日から2週間以内に訴を提起したときは、右審判申立の時にその訴の提起があったものとみなすのが相当である。

以上のとおり、抗告人は、民事訴訟を提起できる余地があるから、原審判が一方的に抗告人の裁判権を奪ったとの抗告人の右主張は採用できない。

三  よって、本件抗告を棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 井上孝一 裁判官 横田勝年 田中敦)

別紙 抗告状(抄)

抗告の趣旨

原審判を取消す旨の裁判を求める。

抗告の理由

一 抗告人は、平成元年4月、右申立をしたところ、右事件は、間もなく家事調停に付されて平成3年10月14日まで調停が行われたが不調となり、審判に戻され、原審判となった。

二 抗告人が認知を受けたのは、昭和59年7月16日であり、相続開始後の被認知者の価格請求権は、認知があった時から5年間で消滅時効にかかると解されている(民法884条)。

抗告人は、右時効期間内に右申立をしていたが、右調停が長引いた等のため、本年10月14日、不調となった時点では既に5年の時効期間が過ぎており、申立人代理人も担当書記官にその旨電話で忠告してあった。ところが、原審判結果となり、時効中断の効果が失われ(民法149条)、抗告人の権利行使を失わせる結果となった。

三 しかし、原審判理由については、家事審判法9条1項乙類10号類推適用により審判でも行えるとの有力な学説もあるから(別添資料〈省略〉参照)法の解釈を誤っており、かつ、前述のとおり抗告人の訴権を時効により一方的に奪う結果となるような原審判は憲法32条にも違反するものである。

よって、抗告の趣旨のとおり取消しを求める。

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